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看板
 改札を出ると、ぎらぎらとした夏の日差しが僕の目を眩ませた。ゆっくりと目を開けると、十二年振りの故郷の景色が見えてくる。思っていたよりも変わっていなくて、僕は少し心が苦しくなった。以前と比べると活気が無くなったようで、人の姿があまり見られない。その寂れた様子も、一層僕の心を締め付ける。
 昔はこの駅前は地元の若者に人気のスポットだった。週末になると学生がこぞって集まり、騒々しかったので僕はあまり好きではなかったが、こうも没落してしまうと同情してあげたくなる。若者が離れてしまうのは地方都市の宿命みたいなものなんだな。
 駅前のロータリーに一台の白い軽自動車が止まる。その車の窓が開いて、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。どうやら僕を迎えに来た母親のようだ。

 車窓は街の景色を次々と映し出す。僕の見知った場所が矢のように流れていくが、僕はこの街があまり好きではない。目を伏せ、窓の向こうの景色を見ないようにしていると、運転席に座る母親が話しかけてきた。
「ゆっくり休めばいいよ。少し無理をしすぎたんだよ」
 僕は小さく「うん」と返事をする。久しぶりに見る母親は記憶の中の母親よりも大分老けていて、時の流れというものを感じた。僕が生きてきた三十年間は本当にあっという間に過ぎた。僕は今でも、ついこないだまではランドセルを背負って小学校に通っていた気がするし、今でも僕は窓から見える景色のなかにいるような心地がするのだ。だからこそ、僕はこの街の景色が苦手であった。

 いつしか僕は眠っていた。

 僕は小学生のとき、教室の隅で一人で絵を描いているような内向的な子どもだった。他の男子は外でドッヂボールをしたり体育館で鬼ごっこをしたりしていて、教室にいる男子は僕ぐらいだった。女子は女子で集まって、テレビのアイドルの話などをしていて、僕は完全に孤立していた。僕はそれでもよかった。僕は絵を描くことがとても好きで、絵を描いてさえいれば幸せだったのだ。色鉛筆で自然の風景を描いたり、人の顔を描いたりしているときが僕にとってはかけがえのない時間だった。
 ある日、僕の教室に転校生がやってきた。髪の長い女の子で伏し目がちな様子は場の空気にとても緊張しているように見えた。うつむいてぼそぼそと小さな声で自己紹介をしている姿は今でも記憶に残っている。
 彼女はとても人見知りなようで、クラスの女子が話しかけてもまともに返答することもできていなかった。いくら質問しても聞こえないぐらい小さな声で返事をするものだから、次第に彼女も孤立していった。彼女も絵を描くことが好きだったようで、気が付くと僕と彼女は二人で絵を描くようになった。彼女はただ人見知りなだけで、慣れてくると楽しそうに笑う、笑顔が素敵な女の子だった。
 彼女の両親は喫茶店を経営していて、学校が終わったらその喫茶店の片隅で二人で絵を描いた。彼女の親がコーラをくれて、静かな空気の中、僕は彼女と幸福な時間を過ごした。
 夏休みのある日のこと、絵を描いている僕らに彼女の親が「そんなに絵が好きだったら看板を作ってくれないか」と頼んできた。僕と彼女はすぐに承諾して、二人で看板を作ることになった。長方形の大きな木の板に、ホームセンターで買って来たペンキで絵を描く。大きく店名を書いて、店名の周りにはコーヒーやサンドイッチなどの店で売ってる品物を色々散りばめて、華やかな看板を僕らは作った。小学生が作ったものだから、出来はひどいものであったが頑張って作った感じが伝わる良い看板だと彼女の親は褒めてくれて僕は嬉しかった。
 僕が中学生になって高校生になって時間が流れると、僕と彼女は恋人同士になっていた。
彼女は美しい女性に成長しており、人見知りも成長とともに改善していき、明るい女の子になっていた。僕も、社交性というものを身につけて、彼女以外にも友人ができ、それなりに楽しい日々を送っていた。彼女はあまり絵を描かなくなっていたが、僕は高校生になっても絵を描くことが好きだった。将来は絵を描く職業に就きたいと考えるようになった。
 僕は高校卒業後、上京して美大に入った。彼女は故郷に残り、遠距離恋愛となったが手紙でお互いを励まし合い、僕らの間には距離の問題も大したことがなく、障害なんて何も無いように思えた。
 僕が上京して最初に思ったことは、僕よりも絵が上手い人なんてたくさんいるということだ。美大の入学試験は何とか通ったものの、僕は周りの人の絵を見て人一倍練習しないとすぐに落ちこぼれてしまうだろうと予感がした。僕は学費を稼ぐためにコンビニで夜勤のアルバイトを始め、それ以外の時間は絵について学ぶことに努めた。もちろん帰郷する暇なんてなく、彼女も高校を卒業してすぐに地元で事務員の仕事に就いていたので僕は高校を卒業をしてからは全く彼女とは会えていなかった。それでも手紙を交換しあって絆は確かなものだったので、僕は集中して絵に取り組むことができた。
 美大を卒業すると、僕は広告代理店でイラストレーターとして働くことになった。様々な方面から仕事が舞い込んできて、激務に追われてこのときもまだ帰郷するタイミングが見つからなかった。そんな中、僕は彼女が死んだという連絡を受けた。
 交通事故だったそうだ。僕はひどいショックを受けて、母親からその電話を受けたとき僕という存在が世界から切り離されてしまったように感じた。僕は彼女が死んだというのにも関わらず、仕事を休むことなく続け、彼女の葬式にすら顔を出すことがなかった。
 それからはほとんど記憶にない。ただ与えられる仕事を受けて、それなりの絵を描いて金を貰う日々だった。自分が何のために絵を描いているのかもわからなくなって、僕はある日突然絵が描けなくなった。
 絵を描こうと、ペンを持つと手が震えて頭が真っ白になるのだ。僕はもうきっと限界なんだと思って仕事を辞めた。彼女が死んでから七年という月日が経っていた。

 僕が目を覚ますと、もう車は実家の近くまで来ていた。小学校のときの通学路が見え、郷愁を感じる。
「今はゆっくり休みなさい」
 僕が家に着くと、母親は先ほどと同じことを言った。僕は仕事を辞めて無気力になって何もできなくなったので、療養するために故郷に帰ってきたのだ。僕の部屋は出て行ったときとさほど変わらなく、僕がいない間も掃除をしてくれていたのかと母親に感謝した。
 その晩、僕は自室で机に向かって絵を描こうとしたが、何を描けばいいのかわからなくなって結局描くことはできなかった。多分もう僕は絵を描けないんだなとにわかに思い始めた。きっと絵以外の仕事でこれから生活しなければいけない。もう三十歳のおっさんをどこが雇ってくれるのかと少し心配になる。

 目覚めると相変わらずの快晴だった。僕は気晴らしに散歩でもすることに決めた。車窓から眺めた限りでは、ほとんど昔とは変わっていなかったが、どこかきっと変化があるだろうと期待した。家を出て、すぐに変わったところを見つけた。子どもの頃によく駄菓子を買っていた商店が潰れてコンビニエンスストアになっていた。昔はよくお世話になっていたのになあと悲しい気持ちになる。原っぱだったところに大きなパチンコ屋ができていたり、友人の家があった場所が駐車場になっていたりと変化を見ることは案外面白かった。
 浮き足立つ心地で歩いていると、いつの間にか彼女の家の近くに来ていた。母親が言うにはまだ喫茶店をやっているらしい。今更彼女の親と会って話すのは気まずかったので、外観だけでも見ていこうとすると、僕は思わず足を止めてしまった。

 喫茶店の入り口にはまだ、僕と彼女が小学生のときに作った看板が立てかけられていたのだ。

 歪んだコーヒーカップの絵や美味しくなさそうなサンドイッチの絵。もう風化とともに掠れてしまって店名すら読みづらい。なんだってこんなものをまだ置いているのだろう。じわっとあの頃の絵が好きだった気持ちや彼女と一緒にこの看板を描いた楽しさなんかが胸の内にのぼってきて、僕は涙を流してしまった。あの頃のような気持ちがまだ僕のなかにあることに強い驚きを覚えた。今ならまた絵を描くことができそうな気がする。僕はふとそんな気がした。



春のショットガン様からお題バトン「看板」を受け取り、書きました。え? 似たような話を前に見た? き、気のせいですよ。
では、次は散文誌様へ、お題「時間」でお願いします!
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