羊の水海

異世界

「よおし! そこだ! ファイガ! 魔法剣!」
 俺の名前は山田太郎。この春大学を卒業してIT関係の会社に入ったものの、文系大学出身だしプログラミングなんて全然わからなくて周りに全くついて行けなかったから、たったの三ヶ月でやめてしまった。
 プログラミングなんて嫌いだ。あの訳のわからない用語は一体何なんだ。今ではもうすっかりトラウマとなってしまって、プログラミング用語の名前を聞いただけでも怒りが湧いてくるし、ソースなんて見たら血管がぶち切れて卒倒してしまうんじゃないか。
 ただ入る会社を間違えただけ。俺にふさわしい会社は他にもいくらでもある。
 はじめのうちはそう思って、再就職のために行動をしようとしたのだが、結局自宅にずっといるという甘い環境の居心地がとってもよくて、ずっと引きこもってゲームばかりしている。まだ二十代前半だし、こんな遠回りもいいだろう。きっとそのうちやりたいこととかも見つかって幸せな人生を掴めるはずさ。
 それにしてもゲームは楽しい。現実世界にはない魔法なんか使えてモンスターと戦うだけで金も名誉ももらえる。こんな素晴らしい世界があるなんて。俺もゲームのなかの世界に生まれたかったものだ。
「もうこんな時間か・・・・・・。そろそろ寝るか」
 窓の向こうはもう白んでおり、新聞を配達する音も聞こえる。新しい一日がはじまるときだというのに俺は、周りの労働に準じる人間たちに優越感を覚えながら就寝した。

・・・・・

「ああ、よく寝たな。ん!? なんだここは!」
 目が覚めると森のなかにいた。まさかニートの俺を姥捨て山のように母親がこんな森のなかに捨てていったのか!?
 いや、まさかそんな・・・・・・。
 まず身の回りを確認したが、寝間着姿でスマートフォンも持っていない。ここは一体どこなのか。とりあえず森を抜けて町に行こう。交番にでも行けばきっと優しい警察官が家まで送り届けてくれるはずだ。
 そう俺は森を歩き始めた。久しぶりに外を歩くかもしれない。空気もおいしいし、適度に汗をかく。気持ちが良い。家に帰ってからも時々こうやって散歩とかしてみたりしてもいいかもな。
 そう思っていると、後ろで物音がした。もしかして誰かいるのか、と期待に胸を膨らませて後ろを振り返るとそこにいたものを見て、俺は驚愕した。
 全長は二メートル以上ありそうで、全身が黒い毛に覆われて、眼光が赤く頭には鋭い角が三本生えている。
 なんだこいつは。化け物じゃねーか。こんなんゲームのなかでしか見たことないぞ。
 その化け物は俺を見つけるなり大きな声で吠えた。地響きがして頭も痛くなるほどの大音量。そして化け物は俺に向かって突進をしてくる。
 もうダメだ、と思って目をつむると爆発音が聞こえた。目を開けると、俺の前にひとりの少女がたっていた。
「君大丈夫!? そんな姿でこの漆黒の森にいるなんて死ぬ気なの!?」
 化け物はというと、少女の前でうずくまって、ぐるると喉を鳴らしている。化け物は体勢を整えてから再びこちらに突進をした。
 少女は小声で何かぶつぶつと言い始め、手を化け物にかざす。すると少女の手から火の玉がいくつも出現して化け物を一瞬で焼き尽くしてしまった。
 凄い・・・・・・。まさかこれが魔法? 俺はもしかしたらゲームのなかのような世界に来てしまったのか?
 俺は気分が高鳴った。魔法が使えてモンスターを倒すだけで生活できる世界。俺はこんな世界で生活したかったんだ。
「凄い! いまのどうやったんだ! 俺にも教えてくれないか?」
 俺は少女に尋ねる。
「いや、まずは感謝とかしてくれても・・・・・・ってもしかしてあなた魔法使い志望者!? 魔法のことなら何でも教えるわ!」
「本当か!? やった、これで俺も魔法使いか。魔法を使うのには何が必要なんだ?」
「ちょっと待ってね」
 少女は持っていた自分の鞄からごそごそと何かを探す。
「ん-、どれがいいかなぁ。やっぱり初心者はこれかな!」
 少女は鞄から分厚い本を取り出して、俺に手渡す。確かな重みを感じる。表紙にはかっこいい魔法文字が書いて・・・・・・いなくて、かわりに大きな文字で「猫でもわかる魔法詠唱用語集」と書かれていた。
「これは?」
「初学者向けの魔法書よ! これで私も初めは魔法を勉強したの。わかりやすく教えてくれるからおすすめよ」  俺は恐る恐るその分厚い本を開く。その本の目次を見ただけで、俺は寒気がしてしまった。
『第1章 魔法言語とは
第2章 魔要素の扱い
第3章 演算子について-変数や定数など
第4章 型変換
第5章 制御文について-if文やfor文
第6章 制御文について-while文やswitch文
第7章 関数1
第8章 関数2
第9章 プログラムの構造
第10章 配列
第11章 ポインタ
第12章 記憶クラス
第13章 修飾
第14章 複雑な演算子
第15章 構造体
第16章 その他
第17章 入出力 付録 詠唱に関する禁則事項』
 なんだこれは。どこかで見たぞ。
「あの・・・・・・。なんか杖とか振りかざしたら魔法とかって使えたりするんじゃ無いんですか?」
「なに甘いこと言ってるの。魔法っていうのは詠唱をするための用語を規則的に並べて組み立てないと使えないわよ。いやぁ最近では剣士や格闘家みたいな武闘派のほうが何も考えなくて楽だから魔法使いは人気がなくてね・・・・・・。でもこうして魔法使い志願者に出会えるなんてうれしいわ! 私が手取足取り教えてあげるから! あ、詠唱を試す際は気をつけてね。少しでもミスがあると正常に発現しなくて大事故になるかもしれないから。毎年結構いるのよね。安易な気持ちで魔法を使おうとして事故死する人。でも安心してね。そうならないように私がいちから教えてあげるから!」
 少女は逃がさないと言わんばかりの獲物を狙うような目つきで俺を見てくる。俺はもうすっかり頭が痛くなって、卒倒してしまった。
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