羊の水海

夜道

 大学生の頃、サークルの飲み会が終わったあとは決まって地下鉄に乗らずに静まりかえった夜の道を歩いていた。金がなかったわけでも終電が無くなっていたわけでもない。良い感じにアルコールで火照った体で夜の冷えた空気を感じるの心地よかったからだ。特に冬の夜は心の隅々まで浄化されているような気さえした。それは一面に積もっている純粋なまでに白い雪がそう感じさせていたからかもしれない。
 その冬の日も僕は少し千鳥足気味で夜道を歩いていた。飲み会では多めに飲まされていたが、歩いているうちにアルコールも良い感じに抜けていてほろ酔い状態であった。静まりかえった町のなかでは僕が雪を踏む音しか聞こえていなかった。時折、冷えた風が首筋をそっとなでていた。
 たまに路肩の雪山に手を入れて刺さるような冷たさを感じたり、雪をすくって雪玉を作り、誰もいない道の先へと放り投げたりもした。誰もいない夜の闇のなかでは、ほろ酔いと合わさって、何でも思うがままにできるといった全能感のようなものに満たされている気分にさえなった。
 そんな心地で道を歩いていると前から二人の女性が歩いてくるのが見えた。流石に人前ではさっきのような子供っぽい真似はしなく、できるだけ酔いを隠すように真っ直ぐに背筋をしゃんとして歩くように努めた。
 その女性たちは何やら楽しそうに話していた。話の内容までは詳しくはわからない。もう深夜だったので、そんな時間に歩いているということはその女性たちもおそらくは酒でも飲んだ帰りなのだろう。近づいてくると二人とも足をふらふらさせながら溶けるような笑みを浮かべていたから、よりそう思った。
 女性たちとすれ違うと、女性の人が「ずっと一緒にいようね」と言っているのが聞き取れた。僕は少し歩いてから何の気もなく振り返ってみた。するとその女性たちは手をつないでいて、そのまま遠くへと消えていった。僕は友人と手を繋ぐなんて考えられないけど、女性はよく友達と手をつなぐということを耳にする。きっと彼女らも友達同士で仲良く手を繋いでいたにすぎないだろうが、しんとした空気のなか、真っ白い雪道を手を繋いで歩いて行く彼女たちを、何故だか僕はとても無垢で美しいものだろ感じた。
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