羊の水海

青春時代

 小学生のときに好きな女の子がいた。
 公園で遊んでいたり、図書館で本を読んでいたり、ショッピングセンターのゲーム売り場で体験版のゲームをプレイしているときなど、ふとしたときに急に肩に手をおかれ、振り向くといつもその女の子がいた。思わぬときに出会うだなんて、僕はそれを運命なのではないかと感じてしまっていた。
 ただ二人きりで遊んだこともなく、携帯電話ももちろん持っていなかったし、ただ偶然出会ったときに話をしたり友人らもまじえて一緒に遊んだりしただけだった。
 変な髪の女の子だった。癖毛の髪をすべて後ろでまとめてまとめきれていない髪がぴょんぴょんと頭の上を踊っているような、変な髪型だった。それでも僕はその素朴な雰囲気も好きだった。
 いつの日か、ストレートパーマでもかけたのか真っ直ぐな髪を下ろして彼女は登校をし始めた。そこで僕は彼女の目のくりくりさや少し厚い唇を見て、ああこの子はかわいい部類の女性なんだな、と気づいた。僕の唇も厚いので、彼女に「私とおそろいだね」と言われて、少し心を打たれたりもした。
 隣の家に住んでいる友人もこの女の子のことが好きだったらしい。サッカーのクラブチームに入っているちゃらちゃらとした人で、その女の子の家に遊びに行ったなんて話をされたときは、思いの外嫉妬とかも感じなかった。やっぱり可愛い女の子はこういうイケている系の男子と付き合う運命にあるのだろうな、と心のどこかで感じていたのかもしれない。
 そして何事もないまま中学生になった。同じ中学校になって同じクラスになって僕はそれだけでも幸せだと思っていた。そこでもただ教室でたまに話をする程度だった。僕はそのころ、美術部なんかに所属してしまい、陰気なキャラクターまっしぐらの状態であった。ちなみに美術部だったからといって絵なんかまったく上手くない。そもそも部活動で絵など描いていない。ただ一緒に入った友人らと学校全体を使って鬼ごっことかかくれんぼをしていただけだった。その最中、僕はトイレのふたに飛び乗って破壊してしまったが、幸いにも僕が犯人だということはバレなかった、がどうでもいい話だ。
 二年になるとクラスは離れてしまった。しかしこのころ携帯電話を与えられた。僕はたまに彼女にメールをした。あまり覚えていないがどうでもいいメールだっただろう。「やほー(^^)」みたいなくだらない始め方をしてしまっていたので、メールのやり取りはすぐに途切れた。彼女からもメールは着た。「今日の○○のテレビ絶対見てね!」なんて意味不明なメールが届いて、何なんだこれはと思っているうちに寝てしまったので、そのテレビは見られなかった。
 それでも彼女は学校ですれ違ったりするたびに、大きな声で僕の名前を呼んで手を振ってくれていた。でも僕は何だか恥ずかしさを感じてしまい、聞こえないふりをしてしまった。それが原因か、彼女はもうあまり僕に手を振ってくれることはなかった。
 誰でも思うことだろうが、僕を見つけて笑顔で手を振ってくれるだなんて彼女はもしかしたら自分のことが好きなのではないいか、と考えてしまった。メールがすぐ途切れるのは単純に彼女がメールが不得手だからに違いない。
 そんなことを思っていながら生活をしていると友人が面白いいたずらを考えたという。
「メールの一文目に『好きだ好きだ、きみが好きだ』と書くんだ。そして見えないところまで改行してそこで『たまごの白身より黄身が好きだ』と書く。面白いだろ?」
 僕はこれだ! っと思ってしまった。
 さっそく家に帰るなり、その通りにメールの文面をつくる。照れくささからか、その女の子の他にも二人か三人ぐらいに同じメールを送った。
 僕はこんなものが告白だとは思っていない。ただどんな反応をするのか気になったのだ。それでも反応次第ではもしかたら・・・・・・という卑怯な考えもあったのだろう。
 どんな反応が来るのだろうと僕はいてもたってもいられず、部屋をぐるぐると回っていると、メールの受信音が聞こえて、メールを開けてみると、彼女のほかに送った女子のひとりからで「ばーか、バレバレ」と書いてあった。ああやっぱりこれ結構ばれるものなのだな、と何を期待しているのかもわからないまま彼女の返信を待った。
 そして数分待つと着信音。メールの差出人は彼女だった。僕は深呼吸をしてからメールを開いた。
 するとそこには「私も好き」とだけ書いてあった。
 これはどういうことなのだろう。僕のことが好きなのか、彼女はタマゴの黄身が好きなのか。全くわからなくて頭がこんがらがってしまった僕は「残念!タマゴトラップでしたー!」と送ったら、それから返信はなかった。
 そこからは何もない。もう過去の日記にも書いたかもしれないが、彼女はそれから他の男子と付き合い始めたり、僕も違う女子と交際を始めたりした。
 今でも彼女のメールの真意が何なのかわからない。今でも彼女には頻繁に偶然出会う。他の中学までの友人とは全く会わないのに。最後に会ったのはわずか一ヶ月ほど前で、場所はスーパーだった。僕はそのとき、人生に疲れ切っており、見られた姿ではなかったからそそくさと退散してしまった。
 今でも不意に、彼女のあのときの気持ちが知りたくなる。別に僕のことが好きじゃなかったのなら、それでも良い。ただどうしても気になってしまう。でも今彼女に聞こうとは思わない。僕が好きだったのはあのころの彼女であって今の彼女ではない。今の彼女が思う昔の心を聞いたところで僕は満足しないだろう。
 あのころの彼女のあのときの気持ちを知りたい。もう不可能だけれども。
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